問題:洗濯機が壊れた
事の始まりは5日ほど前だった。
「洗濯機の調子が悪い、水が漏れてるみたい」
22時過ぎにようやく家にたどり着いた瞬間のヘロヘロの私に、妻がそう声をかけてきた。
自宅で不調なものがあると、妻は毎回私に報告してくる。
「男性たるもの、なんでも直せる人間であるべし」とでも思っているのだろう。
前世代的な考え方である。
一方ですぐに捨てるという発想に至らないのは、SDGs時代のあるべき発想だと思う。
結局妻は古い発想の持ち主なのか、新しい発想の持ち主なのかはよくわからない。
私はただのアラフォーサラリーマンだ。
人と人、組織と組織を取り次ぐことで生きている。
機械と部品についてはよく知らない。
とはいえ、そんなことも言えるはずない。
とりあえずやってみる。
それが世帯主の務めなのだ。
洗濯機を覗き込み、稼働させてみる。
8年前のものだ。ガタも来るだろう。
(妻が一人暮らしで使っていた、単身サイズのもの)
ちょろちょろとざばざばの間の、「さらさら」くらいの水量が注入されていく。
いやに水が溜まるのが遅い。
「水漏れしているのでは?」という妻の推察は、
「水が溜まるスピードが遅い」という現象の結果だった。
水道の蛇口から伸びるホース。
そのホースと洗濯機の継ぎ目のどこかが調子悪いようだ。
ホースを洗濯機から外し、中を覗き込む。
部品を一つずつ外してみる。
使い古した歯ブラシでひとつひとつ洗う。
ひとつ洗っては戻して、水を出してみる。直らない。
パッキンを外してみる。ダメ。直らない。
次は何のためについてるかわからない部品を外して掃除してみる。ダメ。直らない。
あれやこれややっているうちに、ホースにパッキンが戻らなくなってしまった。
あーもう。これだから機械の気持ちはわからないのだ。
翌日、ホームセンターまで車を走らせた。
2,000円程度でホースを買い直し、家に戻る。
早速ホースを取り付け、再度水の注入を試してみる。
昨日までと変わらぬ様子で、さらさら水量が続く。
ホースを新しいものにすれば直るのではないか。
そんな一縷の望みは簡単に踏みにじられた。
ここでようやく気付く。
問題が起きているのはホースではない。洗濯機本体の注水部分だ。
スタートボタンを押すと本来開く弁のようなものが、どうも開いていないのだ。
機械側の問題は、いよいよ解決できない。
そもそも得意の分解ができないのだ。
とはいえ、「さらさら」レベルの水量は出る。
通常モードの洗濯をスタートすると、2時間半かかる程度で洗えはする。
(ただし途中、必ず2回エラーが起きるので、付きっ切りでなければならない)
まったく使えないという訳ではないが、使うにはそこそこ不便。
洗濯板の時代から考えると、これでも十分便利な部類だろう。
人間とは愚かで、便利なものを知ってしまうとグレードダウンはできないのだ。
時は移り。
土曜日、20時、梅田。
郊外から梅田へ車で行く人にとって、ヨドバシカメラ梅田店の駐車場は助かる。
大阪駅の駅前にも関わらず、いつでも入れる大型駐車場。安心の象徴だ。
我が家もいつも通り、ヨドバシカメラに車を停めた。
地方から遊びに来た義妹夫婦と食事をし、解散したのが20時すぎだった。
ヘロヘロになりながらも、洗濯機のことが頭をよぎる。
直らないのであれば買いなおすしかない。
どうせ買うなら、今日だろう。
高額商品を購入すれば、今日の駐車場代金が割引になるからだ。
妻も私も洗濯機に不便さを抱えていたが、家族会議をしたわけではない。
機能、予算、自宅の洗濯機スペースのサイズ感など、すべてがノープラン、ノーインフォメーション。
大阪駅のコンコースを歩きながら簡潔に協議し、「予算は10万円」とだけ定めた。
サイズは標準的なサイズであればなんとかなるだろう。
問題は機能である。
はて。ドラム式とは。乾燥とは。除菌とは。節水とは。
洗濯機なんて、数日前まで無意識で不自由なく使っていたくらいだ。
これらの機能にどんな特徴があって、どんな生活シーンに必要なのかさっぱり見当がつかない。
まして終日遊んで脳も体も疲れ切っている。
展示品のPOPの情報なんて全く入ってこない。
ひとまず値段だけを理由に、2つの商品に狙いをつけた。
違いは乾燥機能の有無。
とりあえずあったほうがいいだろう、的な発想で乾燥機付きを候補に入れた。
しかし乾燥機能を使うシーンがイマイチ思い浮かばない。
藁にも縋る思いで、店員さんに声をかけた。
「こちらとあちらの商品で悩んでるんです。乾燥機能が要否が判断つかなくて」
「あれば使うと思いますよ」
「例えば?」
「例えば、寝る直前にお子さんが出し忘れた運動着に気付くとき、とか。」
「あーよくあります」
「例えば、外干しできないこの時期、室内の物干しラックがいっぱいになってしまう、とか。」
「それもよくあります」
我が家で起きている問題を、的確に射抜いてくる。
決め手は
「乾燥機能付きの8キロサイズは、シーツやタオルケットを洗って乾かせるんです。
これからの季節、シート・タオルケットはこまめに洗いたいですよね。
でも干したくても嵩張って、物干し竿や物干しラックがいっぱいになってしまうじゃないですか。
そんな時はこの子の乾燥機能で乾かしちゃえば、場所とらずに済んじゃうんですよ」
我が家で現在起きている問題解決にとどまらず、これから起きうる潜在課題まで発掘するとは。
お兄さん、恐るべし。
たった10分の接客で、納得度のある購入理由ができた。
若葉マークのお兄さんでこれだけ納得度あるインサイトを語れるのであれば、
ベテラン社員の接客を受けたら土地でも買ってしまうかもしれない。
そんなことを思った三連休であった。
本日の午前、洗濯機が届いた。
初めての洗濯を終え、初めての乾燥をかけている最中だ。
まずは乾燥機能を試す定石(と聞いた)である数枚のタオルで試している。
どんな具合で仕上げるのか、楽しみだ。
完了まで、あと10分。